雨の日の拾い物

 目が覚めたら、太陽はもう頭上高く上がっていた。サイドテーブルには以前と変わらない走り書きのメモがある。

『お寝坊さんへ。

今日も仕事。鍵はいつものところへよろしく。

亜理紗 』


 言われた通りに鍵を片付け、時計を見る。13時前ってところ。約束には間違いなく遅刻。だけどなんか、どうでもいいような気がする。きっとこの甘い匂いのせい。

「とりあえず、駅に向かうか。」

 和隆のところへ行こうか、やめようか、せめて電話ぐらいしようかと考えながら、取り敢えず、駅に向かって歩く。

 ちびとであった噴水にさしかかる。あれは、どこかで見かけたような背中・・・和隆?

 俺がくるりと背を向けるよりはやく、和隆は俺を見つけて呼び止めた。

「いつまで待ってもこないから、事故ったかと思った。」

 俺が俯いたままでいると、また視界が逆転した。

「暴れるなよ〜落っことすから。」

 例によって例のごとく、軽々と担がれたまま部屋の前に到着。そしていつものようにちびが出迎えてくれる。

 慣れた動作を繰り返すようにちびの頭を撫で、いつものように抱き上げて部屋へと入っていく。

 ところが部屋の様子はいつもと少し違っていた。たくさんあったキャンパスは片付けられ、部屋にあるキャンパスは描くようにセットされたのがひとつだけ。

 一番驚いたことは何といっても大量の白い布だろう。一体何処から調達してきたのだろうか。

 ・・・あの面で手芸屋にでも行ったのだろうか?そう思うとちょっと笑えてくる。堪え切れずに噴き出すと和隆が怪訝な目でこっちを見てきた。

「それ、運ぶのに苦労したんだからな。お前がそれ使うんだからな。」

 ・・・・・・・・・・・・は?こんなもん何に使うんだよ。

 和隆は頭に疑問符付けた美央を放って準備に取り掛かっていた。

「・・・・・・さて、準備完了。じゃ、服脱いで」

 ・・・・・・・・・・・・・・・はぁぁぁぁっ!?

「・・・・・・なんで。」

「決まってるだろう?お前モデルやるって言っただろうが。」

「・・・・・・イヤ、だからさ、確かに俺はモデルやるって言ったよ。でも何で脱がなきゃいけねぇんだよ?」

「ヌード描くからに決まってるだろ?いいじゃねぇか。減るもんじゃないし。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 確かに減りはしない。しないがそんな事やるだなんてひとっことも聞いてない。つまり心の準備と言うものが全く出来てはいないのに。なんと言うことを言い出すんだこの男。

「・・・モデルってヌードなのか?」

「何を今更。お前、俺の描いた絵見てたじゃないか。そしたらわかるだろう?俺の作風ぐらい。」

 聞いた俺が馬鹿だった。

 そう、こいつは一応芸術家なんだ。一般人の俺が考えもしないことをさらっと言ってのけたとしてもそれは決して可笑しい事ではないんだ。

 どうして気付かなかったんだろう・・・俺。

 なんて心の中で葛藤していると和隆が追い討ちのように問い掛けてきた。

「百面相見てるのは楽しいけど、さっさと所定位置に立ってくれ。」

 どこまでもゴーイングマイウェイな男、藤村和隆。

 しかし、さっきから言うように、心の準備ってものがある。そしてものにはじゅんじょってものがあるはずだ。

「と・・・・・・とりあえず、バスルーム借りていいか?」

 ぷっと吹き出した和隆は、手をひらひらとふって行ってこいと合図した。どうせ、女じゃあるまいしとか何とか思ってるんだろう。目がそんな感じ。

「あーあんまり温まったり冷やしたりするなよ。肌の色がかわんだから。」

 和隆の忠告をシャワーの音が消す。とりあえず赤くならないように全身を手で洗った。何気なくいつものように洗ってたので、俺はあることに気付かなかった。もちろん、和隆に指摘されるまで。

「ほら、とっととその真ん中に行け。」

 指示されたとおりに大量の白い布の真ん中あたりに進む。もちろん、まだバスローブは装備中(笑)

「まわりの布持っても良いから、とっととソレ脱いでこっちに投げろ。あ゛ー時間は待っちゃくれないんだっ。」

 頼んでおいた割に、えらくひどい言われようだが、まあ気にせず布に包まってバスローブを投げた。いくら減るもんじゃないと言われたって、恥じらいぐらいはある。

「・・・・・・・・・」

 静寂が二人を包む。何とも言いようのない俺と、息を飲む和隆。

「すごぃ・・・おまえめちゃめちゃ綺麗だ・・・無駄のない・・・均整のとれた筋肉に透けるように白い肌・・・」

 つぶやくようにしぼりだされた吐息混じりの声が部屋に響く。かすかに動いた唇と、かすかに聞こえる吐息。静寂に飲み込まれる空間。否、和隆の動きかすべて。和隆に支配された世界。

  一寸たりとも動く事が許されないような、ぴりっとした空気を直接肌に感じる。でもなんだかこの空気が好きだと思った。

  と、急に和隆がふぅ、と溜め息のような息をついた。

「何?どうしたんだ?」

「動くな」

  思わず和隆の方を見てしまった俺に注意した後で奴は俺にこう言った。

「・・・お前白いから、キスマーク目立つんだよ。」

「え?あ、うわっ。」

「だから動くなってば!」

「・・・はい・・・。」

  俺は今度こそ動くまいと壁の一点を凝視する。

  しかし頭の中ではものすごく動揺していた。よく考えればたいして動揺するような事でもなんでもないはずなのに。自慢じゃないけど俺の体にキスマークが残ってるのなんて日常茶飯事だし。

  それが、なぜかその痕を和隆に見られたとなると、なんだか急に落着かなくなった。ついつい頭を動かさないように自分の体についている紅い印を目で探してしまう。本当になんでだろう。

  一方の和隆はというと俺の動揺をよそに、ひたすらスケッチに没頭していた。ぴりっとした緊張感のある空気を周りに漂わせながら。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

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