雨の日の拾い物

 目を覚ましたら知らない男の腕の中だった。なんてよくある一節。まさにその状態だった俺は覚醒しきらない頭をフル回転させて、ようやくその男の事を思い出した。

 そう、和隆。藤村和隆という美大生だ。

 和隆の顔を見ると、どうやら彼も一緒に眠ってしまったらしい。今もまだ隣で寝ているようだ。
 俺は、動いて起こしてしまうのが悪いような気がして、どうしようかと迷っているうちに、また眠りへと落ちていった。

 何にも囚われることのない、心地よい眠りに・・・

 

 そんな出会いから、俺はちび(俺は安直だと抗議したのだが結局押し切られちびという名前になってしまったあの子猫)を見に、ちょくちょく和隆の部屋を訪れるようになった。ここには俺を責める女たちはいない。心休まる時間を過ごせる唯一の場所だから。

「ちょっとっ、あんたまた別れたんですって?」

 外に出ようとしたその時、姉の薫につかまった。開口一番がこれかよ・・・。

「あぁ?」

「あぁ?じゃないわよっ、あんたこれで何人目?しかも私の友達ばっかり。私に対しての嫌がらせか何かなわけ?」

 いつもこれだ。だいたい何人目かなんて俺は覚えちゃいない。ま、そんな事言ったらますます怒るだろうから敢えて言わないけど。

「関係ないだろ?そもそも俺から口説いた覚えはない。じゃあな。」

 逃げるが勝ちだ。あんなのに構ってたら気がどうにかなりそうだ。

 俺はそのまま和隆の部屋へと向った。

 

「よしよし、元気にしてたか?ちび。」

 和隆の家に入るなり、駆け寄ってきたちびを抱えあげる。

 それを見た和隆は少し不貞腐れたようにむっとしながら出迎えた。

「・・・チョット、家主ほったらかしにしてちびに挨拶するとはどういう了見だ?・・・まぁ、別に良いけど。で、今日もコーヒーでいいわけ?」

「あ、うん。砂糖多めにしてね。」

 ちびを抱えたまま、和隆の後についてリビングへと向う。

 いつもどおり片づけられた絵の多い部屋。微かに鼻腔をくすぐる・・・甘い・・・。

「誰か来てたのか?この匂い・・・カボティーヌか?」

 確かグレのカボティーヌという女物の香水。

 あぁ、ご丁寧に流しにはペアのカップが水を被っている。

「この匂い、カボティーヌっていうのか。お前、よく知ってるな。」

 そう苦笑しながら言う和隆の顔を見ていると何故かちくりと胸の辺りが痛んだ。その痛みを不思議に思いながら下に降りたそうにしているちびを解放してやった。

 なんだか気まずいような雰囲気をどうにかしたくて、ふと目に留まった絵の事を尋ねてみた。大まかに描かれてはいるものの、その上からその絵を潰すようにして絵の具が走っている。

 窓からの光を受けながらコーヒーの香りにひたる。和隆の煎れるコーヒーは、苦手な俺でも美味しいと思う。深くすいこまれるようで、ちょっと甘さを秘めたイメージ・・・和隆に似てる?ふと、和隆の視線に気付いた。

「ん?何?俺の顔に何かついてる?」

 言った後になんか月並みな発言だったかもなんて思った。

「いや・・・・・・・・・。」

 そしてまた降り積もる沈黙。

 沈黙

  沈黙

   沈・・・

「お前って・・・・・・綺麗だよな。」

 沈黙を破った和隆のつぶやきは、俺の脳みそに拒絶反応を起こさせる(笑)つまりは俺パニック。

「はいぃぃぃぃ?」

「いっいやっ変な意味じゃなくて、ただ純粋に綺麗だなぁなんて・・・はははっ」

 乾いた笑いが空気を一層乾燥させてる気がする。なんて言ったらいいかわからない。思考回路はショート寸前(笑)

 手元にあったカップの中身を流し込み、一つ深呼吸をして和隆は言った。

「お前、純粋に綺麗なんだよ。男とか女とかじゃなくて、もっとこう・・・なんて言ったら良いんだろ?中性的っていうか、神聖な感じ。」

 これが寡黙な美大生の発言か?

「神聖なんて言葉、俺には似合わないどころか、罪だね。たしかに容姿を褒められることはあるケド、俺はそんなキレイなもんじゃない。純粋さなんてとっくの昔に愛想つかされたよ。」

 苦い言葉。自分で言いながら胸がチクリと痛む。

「なぁ・・・・・・なんでお前そんなにつらそうな顔してんだ?俺はお前のことあんまり知らないけどそんなことないと思うけどな。なぁ、ちび?」

 いつの間に来たのか気付かなかったが、ちびが俺のひざの上にちょこんとすわり、にゃぁ。と、和隆に相槌を打つ。

 和隆はちびを抱き上げうりうり〜っと遊んでいる。

「お前さぁ・・・・・・モデルやらねぇ?」

「えっ?」

「お前を描いてみたい。」

 真剣なまなざしが俺に向けられる。ちびが構ってくれない和隆をうらめしそうに見上げ、するっと腕から抜け出していった。残されたのは、俺と和隆、それとちびの足音。

「俺を?」

 今まで誰かに必要とされることなんてなかった。女達は俺を自分のアクセサリーかなんかぐらいにしか思ってない。友達に見せびらかすだけのもの。だから俺は誰かに必要とされるのがうれしかった。たとえ絵が完成するまででもいいから。

「いいよ。」

 そっぽ向いて答えた。恥ずかしかったから。きっと俺、今すごくうれしそうな顔しちゃってる。

「マジ?いいの?」

 頷く俺の横で和隆がガッツポーズをする。

「いやぁ〜お前、俺の絵見てるからやってくれないと思ってた〜」

 

・・・・・・はい?

 


「よかったよかった〜明日から描けば間に合う〜」

 疑問符を浮かべる俺をよそに和隆はなにやらぶつぶつと言っている。そういえば何度か絵を見たことはあるが・・・思い当たる節がない。いったい何なんだ?疑問符を大量に頭上に浮かべ、不安を表情に浮かべる俺。

「あっもうこんな時間だ。すまん、今からバイトなんだ。」

 満面の笑みのまま振り返る和隆。なんか気持ち悪いかも(笑)

「んじゃぁ俺帰るよ。明日も来ていい?」

「おぅ。来てくれ♪昼ぐらいで良いか?ここで飯食うだろ?」

「ん〜じゃぁそうする。お邪魔しました〜。」

 嵐のように和隆の部屋を出た俺はとりあえず駅に向かうことにした。明日は土曜。朝から予定はなかった。『昼に和隆』と頭の中にメモる。

 駅に近くなると人も増える。家に帰ってもなにも良い事ないし、遊び仲間でもいないかと思いながら歩く。

「美央。」

 背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。

「亜理紗?」

 昔の女。っということにしておく。

 駆け寄ってくる亜理紗。長い髪が頬を掠める。鼻腔をくすぐる慣れた甘い匂い。

「まだ、これつかってるんだ。」

 彼女を取り巻く空気は変わらない。

「香水のこと?変えてないわよ。それより、今から暇?なんか用事でもあるの?」

「いや、ないよ。」

「あたしおなか空いちゃったの。一緒にご飯しない?」

 亜理紗の誘いをよそに、俺はあることを思い出してはっとした。そう、この甘い匂い・・・『カボティーヌ』

「ちょっと、聞いてる?そのあと、うちに来るわよね?」

 俺は亜理紗に誘われるまま夜の街を歩き出した。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

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