ぼくはペット
電車は少し込んでいて、僕は座ることをあきらめる羽目になる。 クリスタルビルがだんだん近づき、停車駅につく。人が流れ込み、奥へと流される。扉の近くって吊り輪高いよなぁなんて思いつつ吊り輪を握る。 人の流れが落ち着き、扉が閉まる。扉が閉まってみると、そんなに鮨詰め状態でもないようだ。わりと人との間に余裕ができる。しかし余裕が出来たかと思うと、また停車駅に着く。こんなとき、新快速にしておけばよかったとか思う。 何人かが入れ替わる様子をぼんやりと見ていたら、透けるような金髪の女の人が目に入った。おそらく、色を抜いたとかではなく天然ものだろうなと思われるブロンド。 いくつかの駅を停まったり停まらなかったりと過ぎると、だんだん揺れが多くなってくる。軽い揺れに、周りの空気が揺れ、甘い香りが鼻腔をくすぐった。 ガタンッ! 電車が大きく揺れた。さっきから良く揺れはしていたが、中でも大きな揺れだった。 「あの…すみません…」 声を掛けられて初めて、自分が今どういう状態なのか気づいた。バランスを失い、前に向かってこけそうになった彼女を見て、手がとっさに伸びていたらしい。 「あっごめんなさい…そういうつもりじゃなくてっどういうつもりだ(一人突っ込み)…細いなぁじゃなくてっ綺麗な人だなっと…あれっなにいってんだっっ。」 慌てて何か言おうとするが、どうも頭が回ってない。いや、高速回転してるんだけど、意味をなしてない。 クスッ ふいに彼女の顔に笑みが浮かんだ。 「ありがとう。」 「へっ?」 失礼なことをしてしまったなんて思い、どうやって弁解…もとい、謝ろうかと思っていた僕は、まさに『鳩に豆鉄砲』な間抜けな顔をしていたに違いない。 「支えてくれたんでしょ?こけそうだったし。それとも痴…「違います違います違いますっっ」 慌てて彼女の発言をさえぎった。決してそんなつもりではない。(じゃあどんなつもりなんだと突っ込まないように!) そんなやり取りをしている間に、電車は駅に滑り込み、帰宅ラッシュの下り電車だけにたくさんの人が乗り込んできた。人の波はこちらまで容易に迫ってくる。 「あら?そういえばあなた…どっかで見たことがあるわ。」 彼女がつぶやいた。僕には覚えがないのだが… 「ねぇ、これから何か予定ある?よかったらごはんでも食べに行かない?」 唐突な彼女の誘いに僕は驚いた。今さっき初めて会って言葉を交わした人から、食事に誘われることなんてそうそうない。 「こけずに済んだお礼にご馳走するわ。せいぜいファミレスだけど。」 どうも状況についていけない僕をよそに彼女は話を進めていく。 「いや、そんなこれだけの事でお礼なんて…それにさっき初めて会ったばかりだし…」 そう、僕はとっさに手を伸ばして、あまつさえ無断で腰を抱いてしまったわけで、下手をすると(しなくても?)駅員さんに引き渡されそうなことをしでかしたのであって… 「初めてじゃないわよ?」 慌てる僕に、彼女はまた不意打ちを食らわせた。今度もまた間抜け面をさらしてしまったに違いない。 彼女はにっこりと微笑んで口を開いた。 「いつのことか知りたい?」
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<つづく>
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