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ぼくはペット

 

 

 電車は少し込んでいて、僕は座ることをあきらめる羽目になる。
 
最寄の駅まで30分以上あるのに(泣)
 仕方なくぼぉっと窓の外の去り行く景色を見ていた。ビルビルビル…

 クリスタルビルがだんだん近づき、停車駅につく。人が流れ込み、奥へと流される。扉の近くって吊り輪高いよなぁなんて思いつつ吊り輪を握る。
 
まぁ、標準的な身長よりちょっと高めの僕には関係ないが。

 人の流れが落ち着き、扉が閉まる。扉が閉まってみると、そんなに鮨詰め状態でもないようだ。わりと人との間に余裕ができる。しかし余裕が出来たかと思うと、また停車駅に着く。こんなとき、新快速にしておけばよかったとか思う。

 何人かが入れ替わる様子をぼんやりと見ていたら、透けるような金髪の女の人が目に入った。おそらく、色を抜いたとかではなく天然ものだろうなと思われるブロンド。
 
人の流れに乗って彼女が僕のすぐ前にまできた。思わず視線がくぎ付けになりそうだったが、狭い車内で凝視するのも不自然だと思い、視線を窓の方へとやった。遠くに島がぼんやりと見える。

 いくつかの駅を停まったり停まらなかったりと過ぎると、だんだん揺れが多くなってくる。軽い揺れに、周りの空気が揺れ、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

ガタンッ!

 電車が大きく揺れた。さっきから良く揺れはしていたが、中でも大きな揺れだった。

「あの…すみません…」

 声を掛けられて初めて、自分が今どういう状態なのか気づいた。バランスを失い、前に向かってこけそうになった彼女を見て、手がとっさに伸びていたらしい。
 彼女の声にふと我に帰り、僕は慌てて手を離した。

「あっごめんなさい…そういうつもりじゃなくてっどういうつもりだ(一人突っ込み)…細いなぁじゃなくてっ綺麗な人だなっと…あれっなにいってんだっっ。」

 慌てて何か言おうとするが、どうも頭が回ってない。いや、高速回転してるんだけど、意味をなしてない。

 クスッ

 ふいに彼女の顔に笑みが浮かんだ。

「ありがとう。」

「へっ?」

 失礼なことをしてしまったなんて思い、どうやって弁解…もとい、謝ろうかと思っていた僕は、まさに『鳩に豆鉄砲』な間抜けな顔をしていたに違いない。

「支えてくれたんでしょ?こけそうだったし。それとも痴…「違います違います違いますっっ」

 慌てて彼女の発言をさえぎった。決してそんなつもりではない。(じゃあどんなつもりなんだと突っ込まないように!)

 そんなやり取りをしている間に、電車は駅に滑り込み、帰宅ラッシュの下り電車だけにたくさんの人が乗り込んできた。人の波はこちらまで容易に迫ってくる。
 そして僕らは、図らずしも密接な…否、言葉が悪い。寄り添うような体勢を取らざるを得なくなったわけである。

「あら?そういえばあなた…どっかで見たことがあるわ。」

 彼女がつぶやいた。僕には覚えがないのだが…

「ねぇ、これから何か予定ある?よかったらごはんでも食べに行かない?」

 唐突な彼女の誘いに僕は驚いた。今さっき初めて会って言葉を交わした人から、食事に誘われることなんてそうそうない。

「こけずに済んだお礼にご馳走するわ。せいぜいファミレスだけど。」

 どうも状況についていけない僕をよそに彼女は話を進めていく。

「いや、そんなこれだけの事でお礼なんて…それにさっき初めて会ったばかりだし…」

 そう、僕はとっさに手を伸ばして、あまつさえ無断で腰を抱いてしまったわけで、下手をすると(しなくても?)駅員さんに引き渡されそうなことをしでかしたのであって…

「初めてじゃないわよ?」

 慌てる僕に、彼女はまた不意打ちを食らわせた。今度もまた間抜け面をさらしてしまったに違いない。

 彼女はにっこりと微笑んで口を開いた。

「いつのことか知りたい?」

 

 

 

 <つづく>  

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