猫のいる生活

 

 

 

 

 突然ですが、杉村希由美(27?♀)猫を拾いました。真っ白な毛のちっちゃなちっちゃな子猫です。どうすれば適切なのかわからなくもないですが、一人では大変なので、知人を頼ることにします。

 ピンポーン

「上田〜俺だよ〜開けて〜」

 電気はついてるから家主は帰ってる。もう、早く開けてよっ。

ガチャ

「すまん。ゆき…杉村。」

 こいつは俺の事をよく呼び間違える。似た人が知り合いにいるとか、似た名前の知り合いがいるとかではないらしい。なのに俺の顔を見ると幸村と言いかける。幸村っぽい顔をしているとか言ってたっけ。感覚的な文系の言う事はよくわからない。

「遅いよ。お邪魔します〜。あ、お風呂だったんだ。ごめんね。」

 石鹸とお湯の匂いがする。上田からも湯気がたってるみたいな感じ。

 急いで出てきてくれたみたいで、洗いざらしの髪から雫が落ちて…って何じっと見てるの?

「杉村…その腕の中の薄汚れた白い物体は何だ?」

 あぁ、そうそう忘れてた。そのためにここに来たんだった。

「帰りに拾ったんだ。けど、うちに連れて帰っても一人じゃどうにも出来ないし、獣医に見せるにもどこに動物病院があるのかもわからないし…。」

 まぁ上田に任せれば大丈夫だろうと思って来たんだけどね。

「分かった。とりあえず調べてみよう。急いだ方が良いか?」

 ガシガシと頭を拭く姿が男らしいなぁ…ちょっとときめいた。

「うん、かなり衰弱してるみたいだから、早い方が良さそう。」

 分かった。と言い残して上田は奥の部屋に調べに行った。

 さて、猫ちゃん、とりあえず君をタオルで包んでやらなきゃね。タオルタオル…っと。そこは勝手知ったる他人の…訂正。恋人の部屋。目的のものをさっさと手に入れ猫ちゃんを包む。

「ちょうど近くに夜間診療やってる動物病院があるようだ。俺が行ってくるから、お前はここで待っていろ。」

 手際よく外出準備を整えながら、コンロの鍋に筑前煮があるから食っていろと付け加えた。

「俺も一緒に行くよ。俺が拾ってきたんだし。どうせ婦女子が夜中出歩くなとか言うんだろ?上田が一緒なら良いじゃないか。」

 だいたい上田が子猫抱いてる姿なんて笑っちゃうよ。身体はがっしりしてるし、雰囲気は武士って感じだし。

「お前の夕飯が遅くなるが…帰ってから食うんだぞ?時間的にはまずいがお前の場合食わん方が問題だ。」

 はいはい。と適当に返事をしながら、とっとと部屋を出る。出たもの勝ちだ。半ば渋々、半ば諦めといった感じで上田が続く。

 動物病院は上田の家から徒歩10分ってとこだった。ラッキー。

 獣医さんが言うには、この子は生れつき弱いから、長くは生きられないって。(上田は驚いてたケド。)アルビノなのは見た時に気付いたから予想される反応だったんだけどね。驚いたのは、飼うなら一日でも長くこの子が幸せでいられるように、一緒に頑張りましょうって言ってくれた事。良い獣医さんに巡り逢えてよかった!

 上田の家に帰って、とりあえず俺は夕飯。上田は子猫の世話。赤目に慣れないらしく、たまにビクつきながら触ってるのがちょっと面白い。

 あー…お腹いっぱいになったら眠たくなってきちゃった。このまま寝たら、上田、怒るんだろうな…。ぐぅ…。

 

 やはり寝たか…。

 上田武志(28?♂)ただいま慣れない子猫の世話に格闘中。

 背後からはなんとも気持ち良さそうな寝息。あいつの事だから夕飯を食えば寝るだろうとは思っていたが、早過ぎる。これでは消化にも良くないし、そもそも行儀が悪い。しかしながら、起こすという選択肢は俺にはない。あまりに気持ち良さそうに寝ているので、起こすのは忍びなくてな。

 そんなことを言っている間に子猫も寝たようだ。3時間おきにミルクだったな…アラームをセットしてとりあえず寝るとしよう。明日の仕事に差し支えぬよう気をつけねば。

 そうそう、杉村を布団に入れねばならんな。まったく…良い歳した娘がだらし無い…。ほら、寝るなら布団に入れ。た、たわけがっくだらん事言っとらんとさっさと動けっ。

 何がちゅーしてくれたら起きるだ。破廉恥な。あぁ…後2時間か…寝るっ寝るぞっ。

 

 その後、二時半と五時半に子猫にミルクをやったらしい上田は、八時半に頼むと言い残して、いつも通りの時間に出勤した…と思う。

みゃぁみゃぁみゃぁ

 ん?なんか猫の声が…あっ八時半!!

 携帯を見ると、時刻は9時過ぎ…ごめん猫ちゃん。

 獣医さんに教わった通りにミルクを作る。上田が出る前に全部準備して並べてくれてたから楽チン。

 うわぁ…よく飲むなぁ…昨夜とはかなり様子が変わってきた。この分だと、すぐにやたら動き回るようになるかも。

 えーっと…次は12時過ぎにミルクだな。その間に一旦うちに帰って、お風呂に入って軽く食べて…戻ってきたらミルクやって、で?どうしようか。研究室に連れて行くか…三時に上田が帰ってくるわけないし。まぁいいや、とりあえずうちに帰ろう。

 うちは上田の家から歩いて7分ぐらい。ほとんど研究室にいるから、家は寝に帰るだけのようなもの。最近は昨夜みたいに、上田んちでご飯食べて寝ちゃうこともあるから、着替えとお風呂のためにあるようなもの?(元々研究室に泊まり込むんだりもしてるから(笑))付き合い出してからそこそこになるし、いっそのこと一緒に住みたいんだけどなぁ。

 あれ?

 上田の家に戻ってくると、鍵が開いていた。もしかして俺、鍵かけ忘れた?いや、そんなことはない。ちゃんと確かめたもんな。…ということは空き巣?

「おかえり…というのも変だな。戻ってたのか。」

 おぉ、なんだ上田か。戸を開けて殴り込まなくてよかった。

「ただいまvお昼に戻ってくるなんて珍しいね。」

 いつも学食で和定食か山菜蕎麦なのに。あ、ちなみに俺はうどん派。

「うむ。様子を見にな。ミルクはやったのか?今やった方が良いな?」

 お前が今戻ってきたということは。とか言いながら準備してるし。ご明察ですけど。

 結局、昼からは俺が研究室に連れていく事になりました。まぁ俺の方が余裕あるしね。ミルクの用意も、しっかり荷造りしてもらっちゃった。ほんと、上田ってマメだよねぇ。嫁に貰いたいぐらいだよ。俺女だし、あいつ男だけど。

 ところで、俺の居候(オーバードクターなんで)してる研究室は所謂ナマモノ=生物関係なんだけど、その中でも割と新しい研究分野に首突っ込んでます。難しい話は割愛(笑)

 そんなところに連れてって大丈夫かなぁと思いもしたんだけど、まだあんまり動かないから大丈夫っぽい。でも、光には気をつけないとね。目を痛めちゃうといけないから。

 

 そんなこんなで猫ちゃんとの記念すべき一日目が無事に終わりそう。研究室で、3時と6時にミルクを飲んだ猫ちゃんは俺の腕の中ですやすや眠ってる。俺が歩いてるのがまた気持ち良いのかもね。家路を歩く俺と、俺と猫ちゃんの荷物を全部持った上田。こうやって大学から一緒に帰ることってほとんどないから、嬉しいかも。や、ちょっと照れ臭いかな。

「名前…どうしよっか?」

 一日中猫ちゃんって呼んでたからなぁ。覚えちゃう前に名前つけないと。

「そうだな。目が綺麗な暗赤色だから…紅玉か瑪瑙か…珊瑚か…。」

 思わずりんご?とツッコミたくなったけど、瑪瑙、珊瑚と続くあたり、ルビーをさしての事らしい。上田の口から宝石の名前が出てくるとは…。武骨で古風なくせに、意外とロマンチストだ。

「ソウビや椿も良いな…」

 ん?

「ソウビって何?」

 上田の言葉は難しい。専門分野のせいもあるだろうけど、古語とかよく出てくる。理系の俺には少々困難だ。

「薔薇のことだ。欧州のイメージが強いかもしれんが、平安時代に既に日本に存在しているぞ?源氏物語にも薔薇(そうび)が登場している。紫の上が…。」

 長い。繰り返すが理系にはとっつきにくい。

「うん、わかった。俺はユキとかふわふわとかましろとか考えてた。」

 さくっと源氏物語講釈の腰を折って、自案発表。子猫ながら、綺麗な白いほわほわだもんな。美猫だ美猫。

「うむ。確かに真白だな。しかし毛色は変わるかもしれないのだろ?」

 そう。まだ子猫だから、成体になるまでに、色が出てくるかもしれない。日焼けもあるし。

「んーそうなんだよね…目の色の方が変わりにくいかな…。」

 暗赤色って安定してそうだし。毛色…変わっちゃうかな?白いほわほわが気に入ってるんだけどな…。

「まぁ、白い毛色がこのまま続くことを願って、というのも良いのではないか?」

 この白いほわほわが気に入っているのだろ?と猫ちゃんを軽く撫でながら言った。ズルイな…俺の好みなんてお見通しなのか?

「好きだよ、白いほわほわが。だったらどの名前が良い?ユキ?ましろ?」

 薔薇も椿も白でも綺麗だけど、イメージは赤だし。

「ユキ…ユキが良い。新雪のように汚れなく清らかでいて柔らかい。お前のように美しくあるように。」

 耳の端が赤いのは、寒いとか暑いとかじゃないよね。5月だし。

「ふふ…照れて早足になるくらいなら、言わなきゃ良いのに。」

 少し離れた背中に投げかける。駆け寄って身体を擦り寄せる。

「嘘。言ってくれて嬉しい。」

 言っちゃった俺も恥ずかしいよ。二人して真っ赤なんだろうな。早く家に着け!

「あ…これでもう、俺の事幸村って言わないよね?」

 ユキはこの子なんだからさ。

 上田は赤い顔のまま、善処する。とだけ言った。硬いなぁもぅ。腕組んじゃえっ。

 こうやって腕組んで歩くの久しぶりだなぁ。普段は車で移動が多いし…ぁ゛…。

「そういえば車、大学に置きっぱなしだった。」

 昨日、月夜につられて歩いて帰ったから…。いや、だからユキを拾ったんだけど。

「まさか、昨夜歩いてうちに来たのか?あれほど夜歩きをするなと…」

 お約束なリアクションは耳にタコだよ。語彙力低いんじゃない?

「ユキに会えたんだからさ、大目に見てよ。」

 ね?って、腕にくっついたまま小首を傾げてみたり。あ、しぶしぶ黙った。こういうところ、可愛いんだけどな。

「ねぇ、そんなに心配ならさ、首輪でも付けて繋いでおけば?」

 繋ぐっていうと、猫っていうより犬だけど。

「なっ馬鹿者。」

 つんのめって玄関にぶち当たりかけたよ、この人。まぁ首輪は冗談として。

「半分冗談、半分本気だよ。」

 部屋に入って、荷物を片付けながら眉間に皺寄ってる。大方、何が冗談で何が本気なのか考えてるんだろうな。

「こうやって一緒に、同じ場所に帰るって良いなってコト。」

 あぁぁ、ますます眉間に皺が。今度は意味をはかりかねてるわけではなさそう。

「ユキの世話もあるし、現状も割と、住み着いてるし俺。」

 いろいろ思うところはあるだろうけど。と付け加えとく。

 上田が、同棲するぐらいなら籍を入れるべきだ。とか、結婚は相手を養えるように甲斐性がないと駄目だ。とか、しっかりした考えの持ち主だということは、重々承知の上だ。だから今まで一緒に暮らしてなかったわけだし。

「俺とユキがここにいちゃ、迷惑か?」

 否。とは言えないように駄目押しだ。このきっかけを逃したら、次のチャンスがいつになるかわからない。

「迷惑などとは言わん。寧ろ…俺も一緒に居たいとは思う。」

 お前にユキの世話を任せられんしな。ってウルサイよ。

「じゃあここに居ても良いだろ?俺とユキ。ずっと、お前の側にいるよ。」

 離れる気は当然ないしね。

 夕飯の仕度に移れず、立ち尽くしてる上田にゆっくりと抱き着く。ユキを抱いたままだから、空いた右手しか背にまわせない。けど、上田のたくましい両腕が包み込んでくれる。

 穏やかで、温かくて幸せだ。

「ユキの世話も、お前の世話もせねばならんからな。これが俺達のベストかもしれん。」

 俺の世話ってどういう事だよ。一瞬突っ込んでやろうかと思ったけど、やめておこう。せっかく前向きに考えてくれたし。

 こうして、二人と一匹の生活が始まりました。堅物で厳格?ちょっとヘタレな優しい男と、自由奔放で結構俺様(笑うトコロ)外面天使な女、そんな二人のところにやってきた、真っ白な赤目の天使(猫)。俺達の明日はいったいどっちなんだろう?ふふふ。

「ところで…。」

「ん?何?今更、さっきのはなかったことに、とか言っても聞かないよ?」

「そんなことは言わん。ではなくて、その…一緒に暮らすのだろ?」

「嫌だって言っても住み着くよ。」

「だから、嫌だとは言わん。つまり、ケジメとしてだな、お前のご両親に挨拶を…。」

「…ハイ?」

 二人と一匹の生活は、波瀾万丈の幕開けだったみたいです。ははは…。

 

 

 

 

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